絶望の中を突き進む秘策は知と情熱!見ている世界は正解か?

子どもを巡る親権争いでは、思考を鈍らせてしまうような、絶望を感じる瞬間があるかもしれません。

家族がいなくなった喪失感などは、離婚における代表的な絶望ポイントでしょう。 

フラフラになりながらも歩みを進めると、本当の絶望に突き当たり、思考はもはやフリーズ状態になります。 

本当の絶望を感じるときとは、、 

 

 

社会の「正義」とする常識が、大きな壁となり立ちふさがったときです。 

 

 

出る杭は打たれる状況が継続し、対抗策をみいだせなくなると絶望します。 

つまり、できることはもうやりつくしたときです。 

 

 

 

 

私は審判で監護権を失い、子どもたちの希望する面会交流の調整を、離婚調停で続けています。 

マダ夫は弁護士をつけていますが、私は弁護士を解任して調停に臨んでおり、マダ夫ではなく調停委員をはじめとした裁判所を説得中です。 

 

当事者でない方はなんのこっちゃでしょ? 

 

 

  

第2回の調停期日が終わり、第3回期日に向けてマダ夫のバイアスを解く作業を検討&実行する毎日です。 

そんな中、トラブルが発生します。 

 

 

 

タロウの誕生日に予定された宿泊付き面会交流が、マダ夫の感情で中止のお知らせが。。 

 

やばい・・タロウが悲しみに暮れる・・・。 

もちろんジロウだって悲しみます。 

 

 

中止連絡にいたる原因を俯瞰して考えてみるとこんな感じ。 

 

マダ夫
これまでの過去で判断
これからの将来で判断

 

土台が違うのでまっっっっっったく話がかみ合いません。 

 

 

 

で。 

いつもなら中止を一方的に伝えられると、ある程度交渉したらあきらめて、荒立った波をこれ以上大きくしないようにしていましたが、今回はそうはいきません。 

 

当初の宿泊面会交流は一日ずつズレており、タロウの誕生日ではなかったんです。 

それを何度も交渉して、なんとか誕生日に面会交流日をもってこれるようにします。 

交渉した理由はタロウ本人の希望があったから。 

結果的にタロウは自分の誕生日にかかる日程を選びましたが、ぎりぎりまで誕生日でない日程と悩んでいました。 

理由は、、 

 

 

誕生日を選ぶと、面会交流時間が2時間半減るからです。 

 

 

「誕生日に会いたいけど、そっちにしたら時間減るしな~・・」 

とブツブツひとり言のようにしゃべるタロウ。 

2時間半くらいかまへんやん~と思うかもしれませんが、タロウにとっては大きな問題だったようです。 

もちろん、私もジロウも同じです。

タロウは悩んで悩んで誕生日の日程を選びます。  

タロジロの置かれた環境に、改めて自分の非力さを感じる私・・。

 

 

 

タロウが一生懸命悩んだ末の選択なので、私は必ず誕生日に面会交流する必要があり、ましてや、父親の気分で中止するわけにはいかなかったのです。 

 

 

 

とりあえず、マダ夫に交渉しますが、最終的には回答を拒否する行動をとられます。 

面会交流が中止になるいつものパターンに入ってきたので、どうにかしなくてはいけません。 

しかし、無視されてはどうしようもないので、とりあえず、マダ夫の弁護士にうったえますが、無意味とわかっています。 

なので、直接会いに行く手段を検討。 

ここで、問題が、、。 

 

 

一人で行くと、無視されるか警察に通報されるかもしれない(※警察よんだとてやけど)。 

そこで、私は警察にお願いして、子どもの安否確認がてら、ついてきてもらおうとします。  

 

・・撃沈。 

 

この話だけで3記事いけるので詳細は割愛します。 

お次は友人についてきてもらう作戦。 

 

・・連絡がつかない。 

 

面会交流予定日の前日に中止の連絡がきたので、すぐにつかまる人が見つかりません。 

考えた末、マダ夫の母親にタロウとジロウを助けてもらえないか相談する決断をくだします。 

 

もちろん撃沈。 

マダ夫と話しているのかと錯覚する状況に。。。 

その後、連絡した友人から電話がかかってきて、マダ夫に直接会いに行けることになります。 

 

もちろんここでも答えはNO!  

 

 

 

色んな人と話した結果、私はつくづく感じます。 

 

 

誰もタロジロの声を聴こうとしない。 

 

 

子どもたちの声に耳を傾けないばかりか、全員が全員、大人の都合を優先させます。 

これはなにも今回の話だけではありません。 

社会の正義を盲目的に信じる大人が、タロジロの幸せを踏みつぶします。 

しかも、被害者となる子どもはタロジロだけでなく、日本中にたくさんいるのです。 

子どもを守るべき大人の多くが、本来は自由な世界に枠を設けて、正しいと限らないルールで子どもたちを縛ります。

子どもたちを助けようと手を差し伸べ、その枠から少しでもハミだそうものなら、救助者であっても頭のおかしいきちがい扱いです。 

 

 

 

裁判所をはじめとした公的機関やそれに属する組織はもちろん、マダ夫も、マダ夫の周辺でタロジロの監護に携わる人も、時代錯誤や根拠のない枠に、自分がはまっていると気付きません。 

 

アレやコレやと手を変え品を変え挑戦してきましたが、今回におけるマダ夫の母親との会話は、決定打となって背筋が凍り付きました。 

一言でマダ夫の母親の言い分をまとめると、、 

 

大勢の人がしていることが正しい! 

 

です。

大人が真剣に考えて、この価値観で正義を語られると会話が破綻します。 

 

 

組織の価値観を変えるより、子どもたちと接点の多いマダ夫の母親と対話した方が、労力が少ないかもと常々考えていた私。

予期せぬタイミングではありましたが、その結果が判明しました。。 

孫についてでも相手より自分の気持ちを優先したいようです。 

やはり、タロジロを早く助けてあげる必要があります。 

 

そして、マダ夫の母親にあっけにとられると同時に、社会への絶望感へと変わっていきました。 

マダ夫の母親の価値観は多くの人々の考え方だと思うからです。 

 

 

 

世の中ではマジョリティが善でマイノリティが悪です

 

 

 

そこに多様な価値観はありません。 

私は思考の鈍るような絶望を味わっても、自分を信じて突き進んできました。 

でも、解決するために知識を入れて行動するほど、問題は小さいのに根がとてつもなく深いことを実感していきます。 

タロジロが幸せに生きるより、意味のない社会の価値観を優先させる人々ばかりです。 

 

 

絶望しています。 

 

 

強い心で知をかき集めて行動すれば、新しい世界が見えると思っていたのに、なかなか展望が開けません。 

タロジロを助ける手段に、大きな方向転換が必要かもしれません。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

きっと大丈夫。

あなたも頑張って。

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