離婚裁判で親権を失うカウントダウン開始!本当の幸せって?

マダ夫が2020年6月8日に離婚裁判を申し立てました。 

現在、マダ夫は監護権を手に入れてタロジロと生活中です。

つまり、私は間もなく親権を失います。

 

約1年半に渡る「子の引き渡し・監護者指定」の審判を経て、私が申し立てた離婚調停が2月に不調に終わり、「もうほっとこ作戦」にて約4ヶ月が経過した現在。 

 

2017年夏にタロジロと一緒に家を出てから、いや婚姻中から、なにかしら変化させるアクションを起こすのは私。なのにタロジロは夫の手中でございます。 

 

つまり、各ターニングポイントにおける、私のアホ選択はもはや秀逸としか言いようない!! 

 

せっかく親権を失うので、今の気持ちをしたためておきます。あと、私の考える本当の幸せについても。 

 

離婚裁判でなんでタロジロの母は親権を失うの? 

離婚裁判をすると私が親権を失う理由は以下の3つです。 

 

・マダ夫に監護権がある

・裁判所は現状維持を基本好む

・DVや虐待などの明確な証拠がない 

 

監護権は親権の一部で、簡単にいうと「日常における子どものお世話をする」権利と義務です。親権は監護権に加えて「子どもの財産等管理をする」権利と義務。 

 

そして、日本では監護権をもつ親がほぼ親権を得られます。 

 

その理由の一つは、子どもを監護する親とお金を管理する親が異なると、子供に不利益がでやすいから。 

 

たとえば、子どもの進学でお金を使うとき、監護権者と親権者で意見が対立すると、進学できない可能性がでてきます。日常的に子育てしている親が、進学に関するお金を扱えるほうが、手続きなどもスムーズです。 

 

ちなみに、専門家レベルにおいても親権の定義は非常に曖昧なので、私たち一般人が親権についてクリアに理解するのは困難です。

 

次に、裁判所は現状維持を好むので、変化させる判決をわざわざ出しません。つまり、子どもにまつわる争いでは、子どもと一緒に住んでいる親が、そのまま親権者に指定されます。 

  

面白いことに、その親が有責(浮気や虐待・DVとか)であっても、たいして問題にはなりません。えげつない浮気やえげつない虐待で、明確な証拠があれば別ですが、日常生活においてえげつないケースは稀です。 

よって。 

子どもの意思を無視したり歪めたりするようなネグレクトは、まーったくどうでもいい内容として耳を傾けてもらえません。 

心をムシバムような心理的な暴力は、実際の暴力より表面化しにくく、周囲に気づいてもらいにくいです。しかも、汚い言葉を投げかけられない心理的虐待は、社会ではほとんど認知されていないので助けるのは不可能です。 

 

以上により(?)、私は離婚裁判によって親権を失います。もちろん抗う方法もなくはないですが、貴重な人生の時間を無駄にするだけなので、今のところ検討していません。 

希少性高いからある意味貴重な体験かもしれんけど。

 

ちなみに、親権を失えば、今の日本では私はシングルマザーにすら当てはまらず、子の親である事実を抹消されます。離婚や未婚の子どもと別居している親を、シングルマザーなりシングルファザーなりとあなたは認識していますか? 

 

婚姻中以外は子どもの親は一人。

 

つまり、私たちはひとり親が当たり前という価値観で生きています。日本社会に受け入れられる家族像はおおむね一つか二つで、多様性のかけらもありません。そして、狭い価値観のまま大人になる子どもが量産されて、ますます世界との差が開いていきます。 

 

残念すぎる。

 

日本の親権制度は北朝鮮と同じで、先進国において、単独親権制度の国は日本以外にはもう存在しません。ヨーロッパ諸国からは日本の「家族」の価値観は17世紀レベルと嘲笑されているのが現実です。 

 

結婚してようが離婚してようが未婚だろうが、親と子は親子やし!!

 

母は母!親権なんて法治国家ゆえのタダの権利! 

我が子と暮らせず親権を失う私を、可哀そうと思う人は多いみたいですが、意外とそうでもありません。親子、夫婦、家族について、深く深く思慮する時間が続いたせいか、親権なんてどうでもいい権利やん・・に母まどかは終着しております。 

 

日本は法治国家なので親権が存在し、単独親権制度を導入しているだけです。たまたま単独親権制度の中で生きているだけで、その権利をもっていなくても、私がタロジロの親である事実になんら変わりはありません。 

 

むしろ、その権利を時代に則して運用せず、利害関係のために活用する弁護士や裁判所、あらゆる施設団体のほうが可哀そうです。 

 

さらに、現状の単独親権制度から発生する、人間のベースとなる家族や親子の大きな問題すら知らずに、悪意なく人を傷つけている親や大人のほうが可哀そうです。 

 

そして、弁護士や裁判所や社会に洗脳されてその権利を振りかざし、本来あるべき親子の形を歪めている親はもはや不憫です。 

 

 

私がタロジロをマダ夫に連れていかれたあとや監護権を失ったあと、涙をこらえたり流しながら、私に寄り添ってくれた友人・知人がいます。 

 

私のために涙を流してくれるなんてほんとにありがたいです。心から感謝しており、その一人一人のおかげで今、私は立っていられます。しかし時折、勘違いされている節を感じなくもない。 

 

多くの人から「『母親なのに』子どもと過ごせないから可哀そう」が伝わってくる気がします。 もちろん、胸が張り裂けそうな感情は確かにあります。 

 

だけど私からすると、一緒にいても子どもとの時間を有意義に過ごせていないほうが可哀そうです。ましてや、自己満足のために子どもをそばに置き、そのことに気づかず、子どもからの信頼を失う行為を続けている同居親とは、比較してほしくもありません。 

 

私はタロジロから求められており、親として誇れる背中もみせています。頼りがいはきっとないけど(笑)。 

でも、 母として親として人として、タロジロは私を信用しています。これだけで私は幸せです。 

 

人の幸せは人それぞれやから難しいな。

 

タロウとジロウへ 

「特別な日やから、ジロウの誕生日はお母ちゃんとこ泊まりたい」

が、叶わずごめんよジロウさん。でも、お母ちゃんの誕生日もジロウの誕生日も会えるやん。 

 

裁判中は会う日が急になくなったりせんからラッキーや。 

 

さて、この週末に向けて。 

タロウとジロウがどう行動するのか楽しみです。

動くたびに見える景色はドンドン変わるからな。 

自分の頭で考えるのを忘れたらあかん。

思考を停止させるのは楽やけど楽しくないで!!

おかしいと思ったら声あげるんや! 

怖いやろけどがんばれ!!

お母ちゃんがタロウとジロウのそばにいつでもおる。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっと大丈夫。

あなたも頑張って。

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