共同親権になると子どもに会えるのか?分厚い壁は社会の価値観

2019年11月22日に、離婚後の共同親権を求める国家賠償責任訴訟が、東京地裁に対して提訴されました。 

親子の時間を単独親権によって離婚時に奪われたとして、子どもに会えなくなっている親たちが、国に対して責任を問う訴訟です。

 

この「共同親権訴訟(養育権侵害訴訟)」は全国初の訴訟で、今後、世論を巻き込んで民法改正へと進んでいくと思います(※母ペディア)。 

政府は離婚後の共同親権をすでに本格検討していて、法務省は海外の事例を調査したり研究会を設けたりしていると発表済みです。 

 

 

そこで。 

共同親権になれば、離婚後も両親で子供を養育し続けられるのか、について考えてみます。

 

結論からいっちゃいますが、、 

私はすぐには難しいと思います。 

親(社会)の価値観が変わらないと法律だけ変わっても・・と懸念しております。 

 

そもそも、単独親権でも子どもの共同養育は可能です。

両親が子ども目線で離婚後の生活を考えれば、単独親権であっても、別居親も親と子の関わりをもち続けられます。 

 

 

 

でも、、

裁判所が関与するような離婚になった時点で、両親は盲目となり、自身の感情や優位性に流されがちになる傾向が強いです(※我が家がまさにそう)。 

そこに弁護士や裁判所から社会の慣習的な考え方を植え込まれたら、親は子どもの本当の幸せを見失ってしまいます・・。 

例えば、「とりあえず子ども連れて出ていけば親権取れる」「面会交流は月1回で十分」などです。 

心当たりのある方は多いはず。 

 

 

家族や離婚問題に対する社会の慣習的な考え方が、単独親権で子どもを奪われたと結論付けられ、共同親権に変えようとする動きがでたのかもしれません。 

うぅ・・私の表現力では説明が難しくなってきた・・・w

 

いわゆる円満離婚(※離婚に円満があるのか知らんけど)の家庭なら、単独親権であっても、子どもの目線に立った今後の生活を親は話し合うかもしれません。 

夫婦でなくなっても、子どもを中心とした家族の形をきちんと見つけている家庭もあるでしょう。 

 

 

離婚後も親と子が親子らしく関わりあえるのは、共同親権だからではなく、両親が我が子の幸せをいかに柔軟に考えるか否かがポイントです。 

 

 

もちろん、単独親権だからできあがった社会の価値感が、離婚後の親子関係にトラブルをきたしている背景は否めません。

離婚すれば親が一人になるという価値感は、子どもの幸せや未来を奪います。 

離婚しても親は二人という認識が社会に浸透しないと、共同親権になっても、子どもは別居親とのスームズな交流を阻害されがちのままかもしれません。 

 

共同親権だから子どもに会えるのではなく、子どもの幸せを最優先する価値観が社会に備わっているから子どもに会えるのです。 

 

 

共同親権訴訟によって社会が少しずつ変化し、多様な価値観を柔軟に受け入れられる世界になればいいなと切に感じます。

 

タロウとジロウが幸せになれる家族の形を見出すために、お母ちゃんは頑張るぞ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっと大丈夫。

あなたも頑張って。